障害者介護の現状

障害者介護の現状

私の勤務していた事業所は障害を持っている人を支援する介護士を自宅に派遣している会社でした。

初めてのお宅に行った所の仕事が大変でした。
障害を持っている夫婦の家で子供もいました。
食事の支度から洗濯、排泄の手伝い、入浴の介助など。その人が生活して行く上で必要なもの全ての支援でした。
障害者のアパートに住んでいたのですがその方は立つ事が出来ないので台所の流しを低くしていたのです。
私は常に膝をついた状態で炊事をしていました。膝が真っ赤になる事も多々ありました。

調理は全てその方の指示通りに動きます。野菜の切り方から味噌汁の味噌の量まで。味見もその方がするので私はその家の味噌汁の味を知りません。
外出するのにも同行します。その方は電動車椅子で移動します。子供を車椅子の後ろに立たせて一緒に動きます。

家族の食事会に同行した時のことです、夕方の街は人でいっぱいでした。車椅子が人にぶつかるのではないかとヒヤヒヤしながらついていきました。
子供も私に懐いてきてくれていたので私にも話しかけてきます。私は子供を喜ばせようと街の中でのちょっとした事の説明をしました。
その様子が気に入らなかったようで私を街の外れに連れていき、大きな声で怒鳴りつけてきました。

何を怒っているのかわかりませんでしたがやきもちもあったのかなと思いました。でも私はその場で謝りました。
その後の一緒の行動は辛いものでした。食事介助もしなくてはならないので気持ちを冷静に持ち心の中で仕事仕事と何度も自分に言い聞かせながら仕事をしました。
その方は障害はあっても行動的な方で障害者の会の会長もしている方だったので泊まりでの研修もありました。

宿泊先での入浴介助から就寝介助まで私が行い、朝介助は別の介護士に任せるということも行いました。
その方にはついての仕事は5年ほど行いました。自分の家でのおせち料理は作らないのにその方のおせちは五年作った事になります。
その方を抱えたりの身体的な介助はあまりなかったのですがやはり精神的に辛かったです。

以前にその方の介助をしていた方からお話しを聞いたりしながら乗り越えたものです。その方が言うには自宅では空気にならなければダメだよと言われたことを
思い出しました。夫婦喧嘩が始まったり子供を叱っていたり、いちいち気にしていたら身が持ちませんから。

やはり時間を重ねていくと私も空気のような存在になることが出来てきました。あの辛い仕事の体験をしたことで他の方達への支援はのんびり仕事ができたように思います。

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